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富士山の初冠雪日分布

読売新聞に以下のような記事が載りました。

富士山初冠雪、今年は8月9日…94年ぶり最速記録更新
甲府地方気象台は27日、富士山で8月9日に観測された冠雪が今年の初冠雪だったと発表した。

 観測を始めた1894年以降では最も早く、1914年に記録した8月12日を、94年ぶりに更新した。また、昨年より58日、平年と比べて53日早かった。

 富士山では、山頂の1日の平均気温が年間で最も高くなった日以降、甲府市にある同気象台から初めて冠雪を目視で確認できたときを初冠雪としている。今年は7月21日の平均気温が10・6度で最も高く、今後も上回る見込みがないという。

 山頂の山小屋の従業員によると、9日は山頂から8合目にかけてひょうが降り、3センチほど積もったがすぐに溶けてしまったという。

2008年8月27日21時22分 読売新聞



この8月9日は、富士山で落雷事故のあった日でもありましたね。
甲府地方気象台に過去の初冠雪データがありましたので、初冠日の分布図を作ってみました。

富士山初冠雪の分布図


何箇所か下方(早い時期)に飛び出ている数値がありますが、以下。
 1914年8月12日
 1935年8月17日
 1994年8月21日
そして一番右側の2008年8月9日と、8月中の初冠雪は4回だけです。

一番遅かったのは
 1956年10月26日
となります。

分布図を眺めて頂ければわかりますが、
9月中旬から10月上旬のおよそ20日ほどの間に収まります。
それがこの100年ほどの傾向ということかと思います。

ある一つの現象で「これは・・・だ」としないことですね。
地球温暖化問題などで、Risk不安を煽る人たちがよく使う手ですが。

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tag : 富士山初冠雪

痛々しい遺族の要望書

先日「大日岳遭難事故その後」としてエントリしたご遺族の「要望書」がサイトにアップされていました。簡潔な文書ですが、以下抜粋。

当時の研修に参加した講師方が事故の原因及び反省すべき点が何であると考えておられるのか、その証言が不可欠である。すでに裁判は終結しており、講師は勇気を持って、正直な意見を述べ、生きた教訓を残して頂きたい。



ご遺族のお気持ちはわかりますが、厳しいかも知れませんね。厳しいとは、登山研修所に申し入れをしたところで、その声が果たして届くのだろうかということです。過去の経緯からわかるのは、行政機関によく表出する「委任の形式を使った問題からの逃避」ですし・・・。

ですから、登山研修所に申し入れを行っても、「本庁のほうの指示に従って執り行います」と言われ、本庁では「安全検討会の示した方向性に合致するように努力します」という答弁でしょうね。そして安全検討会は、「事故の再検証が必要である」との一文を入れませんでしたので、遺族が望んでいるものが実行されなくても、組織機関の中にそれを咎める人がいない。

よって、遺族が寄って立つところは、登山研修所関係者の「良心」でしかない。ところが、過去の経緯が明らかにしているのは、事故関係者に良心があれば裁判が起こることもなかったし、裁判が長引くこともなかった・・・なのですから、今回の出された要望書は、痛々しくてしょうがない。


であるならば、むしろ当事者に直接インタビューされたほうが効果的なのではないでしょうか。ただ、心理的にとてもつらいであろうことは想像できますので、こちらの選択肢もかなり厳しいものではあるには違いないでしょうが。

亡くなった二人の大学生を引率していた高村眞司氏は活動を再開していて、公的な場でも発言しているようです。たとえば「ここ」。一体、何をしゃべられたのか興味あるところです。こうした場で話をするより、ご遺族に向かって、まずはきちんと話をするほうが大事であると思うのですけど・・・。


事故とその後については「いつか晴れた日に」というブログがやや冗長ながらよく整理されており、「ここ」もしくは「こちら」あたりを読めば、概略は把握できるかと思います。
 
 

tag : 大日岳

安井至氏があちら側にいってしまった件

ごくまともな研究者が何かのきっかけであちら側にいってしまうということは意外とあるもの。マイナスイオンを批判している頃は、まともだった。『水からの伝言』あたりでちょっと怪しい感じになってきた。「反証実験をすべき」と主張し、apj氏に「そんなものいらんだろ」と言われていた。

そして、地球温暖化問題がヒートアップしてくるにつれ、急速劣化というか、馬脚を現すというか、はたまた信仰心の虎の尾を踏まれたのか、もう意味不明状態。たとえば武田邦彦氏の本を「読まずに批評」し、サイトに掲載。「それはいくらなんでも不適当でしょう」というブログ読者からの突っ込みに「読まなくてもわかる」と豪語。

確かに、武田氏の本は、不適当と思われる表現や問題ある数値の使い方があるのは事実だけど、それで全てが埋め尽くされているわけでもない。是は是非は非として、批評していくのが「大人」の振る舞い。同じ頃、割り箸問題でも林業系について基本知識がないにも係わらず、断定的に記述し、突っ込まれていた。これも妥当な回答をしないままブログ放置。

その後、迷走エントリをいくつか書いていたものの、今度は丸山茂徳氏の本について、見事なエントリが立っていた。まず、本のまえがきについて書いている。

現在の日本で、もっとも過激な反IPCC論者は誰か、と言われれば、それは、東京工業大学の丸山茂徳教授なのではないか。

 たまたま本屋に行ったら、「科学者の9割は地球温暖化CO2犯人説はウソだと知っている」という超刺激的な題名の本を発見。宝島社新書だからそんなものだが、題名で売ろうという魂胆丸見えの情けない本であった。

 その論理の正当性・不当性を解析してみたい。
 ISBN978-4-7966-6291-8、648円+税、2008年8月23日第1刷


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C先生:これまで、丸山氏の論理を解析したことは無かったので、良い機会だ。

A君:「まえがき」がこんな刺激的な記述で始まります。

 「2008年5月25日~28日、地球惑星科学連合会(地球に関する科学者共同体47学会が共催する国内最大の学会)で「地球温暖化の真相」と題するシンポジウムが開催された。その時に、過去50年の地球の温暖化が人為起源なのか、自然起源なのか、さらに21世紀はIPCCが主張する一方的温暖化なのか、あるいは、私(丸山)が主張する寒冷化なのか、そのアンケートを取ろうとした、ところがその時次のような発言が飛び出した。『このアンケートを公表したりして、何かを企む人が出るのではないか』。
 これには驚くだけでなく、今日の温暖化狂騒曲を作りだした問題の本質があるという実感を得た」。

 (一行省略)
 「学会の数は、今日世界全体で約2000に達している。これらの科学者共同体は、趣味の会ではなく、巨額の国民の税金の上に成り立った公的役割を担い、研究の最前線を社会に伝える責任を負っている。その責任を多くの科学者が忘れているのである。
 彼らは科学者を「社会で選ばれた知的遊民」であると考え、「社会が科学者に無償の奉仕をするのは当然」であり、「それに応える社会的責任などはない」と思っている」。

 「シンポジウムで行われたアンケートによれば、「21世紀が一方的温暖化である」と主張する科学者は10人に1人しかいないのである。一般的にはたった1割の科学者が主張することを政治家のような科学の素人が信用するのは異常である。科学の世界に閉じた論争では、少数派の説ではあっても、ガレリオが唱えた地動説の例のように、後に真偽が逆転することもある。しかし、科学の世界だけでなく、社会まで巻き込み、毎年数兆円に上る巨額の国民の税金を投資する場合は違うであろう。たった1割に過ぎない科学者の暴走を許してしまった科学者共同体の社会的責任は大きい。
 またそのアンケートで10人のうち2人は「21世紀は寒冷化の時代である」と予測する。予防原則に従って、地球温暖化対策を正しいと正当化する科学史家が少なからず存在する。これは間違いである。もし予防原則に従うならば、寒冷化対策の方がはるかに深刻で重要であろう」。

 「そして、21世紀の気候予測について、残りの7人は「わからない」と答えている」。


A君:突っ込みどころ多々ですが。

B君:まず、アンケートの本文が出ていないのが問題。実際、アンケートの結果を参照するときには、その正確な表現を示した上で議論すべきだ。

A君:アンケートに答えるときには、本当に、気を使いますからね。この本の記述から推測すれば、多分、こんな風だった。

(1)「21世紀が一方的温暖化である」
     10人中1人
(2)「21世紀は寒冷化の時代である」
     10人中2人
(3)「わからない」
     10人中7人



アンケート本文を知りたければ、問い合わせるのが「まとな大人」の行動ですが、安井氏はしません。そしてアンケート内容を、想像しています。いいですか「想像のアンケート文」です。ところが、下では、それが「実施されたアンケート」にすり替わってしまいます。

A君:結論から先に議論していますが、

(1)「21世紀が一方的温暖化である」
(2)「21世紀は寒冷化の時代である」
(3)「わからない」

というアンケートそのものがおかしい。極めて非科学的で、どう回答したらよいか分からない。

B君:「一方的」という限定が付いていれば、それは、「地球の揺らぎは大きいから、一時期は寒冷化するだろう」、という常識的な反応をして、(1)にイエスとは言えないのがあたり前。

A君:どれを選ぶと言われれば、当然(3)。より正確に表現せよ、と言われれば、「確定的なことは言えないが、もしも、温室効果ガスを出し続ければ、当然、温暖化傾向は増大するだろう。しかし、本当に温暖化するかどうか、それは地球と太陽に聞いてみないとなんとも言えない」。

B君:それにしては、(2)が2人もいるのはどういうことだろう。



イタ過ぎる・・・・・・。もう笑い飛ばすしかないでしょう。
「市民のための環境学ガイド」には良い記事も多々あるのですが、
今は昔、もはや安井至氏は完全にオワタ、ということでしょう。


丸山茂徳氏の本のまえがきにでてくる地球惑星科学連合会のセッションは正式には「21世紀は温暖化なのか、寒冷化なのか?」というもので、こちらでabstract が読めます。仮説を述べ、議論するのが科学の流儀ですから、仮説を述べることさえはばかれるようになっていることに、危機感を持っている科学者は結構います。

 

tag : 地球温暖化安井至

星野監督にみる敗因と分析

北京五輪で惨敗した野球の監督である星野氏が「敗軍の将、兵を語らず」という故事成語を持ち出し記者会見をしたことが報道されています。あちこちのブログでも取り上げられているようです。

『史記』は、日本語の中に取り込まれた言葉や表現も多く、馴染み深いものですが、その背景にある思想は「天道是か非か」であると言われています。天道とは、平易にいえば神様のような存在である「天」の働きを人格的に捉えることで、それが世界全体の秩序を司っていると考える思想。

当時(2000年前)は、天道が正しく働いてくれると信じるからこそ、人間は安らかに毎日を送ることができると信じていたのですが、司馬遷は不遇も受けたこともあり、また歴史をみれば必ずしも正しい者が勝利を収めているわけでもなく、正当な評価を受けていないという事実から、壮大な史書を通して、このテーマを問い掛けているわけです。


敗軍の将、兵を語らず」は、戦いに敗れた将軍は兵法について語る資格はなく、失敗した者は潔く失敗を認め弁解がましいことを言うべきではない、という一種の清さの象徴として引用されることが多いのですが、裏返せば、問題を議論のまな板に載せることを拒む姿勢とも取れます。

「俺達は精一杯頑張ったのだから、それでいいだろう。結果は神のみぞ知るだ。面倒なことをグチャグチャ聞くんじゃない。もう終わったことだ。次に向けて頑張る」という言葉は議論を拒むステレオタイプな表現です。「敗軍の将、兵を語らず」を英語にすると「Give losers leave to speak.」となります。「敗者にも発言を許せ」です。文化の違いを感じざるを得ません。


星野氏の言い訳を聞いていると、山岳で事故を起こした一部ガイドの言い分にそっくりなことがわかります。事故後、現場でいかに救助活動を頑張ったのかだけを強調し、事故原因についてはまったく言及しないというパターンです。

問題を適切に捉え、具体的に対象化し、整理し、言語化し、平易に説明する能力は、教育と訓練によってしか身に付きません。それがなされていないのです。野球の場合、監督という専門職が成立していないのが悲劇的です。現役を止めた選手がすぐに監督をする行為自体が、日本の野球界は監督という職種を専門職として見ていない証明ですから。


日本では、原因と責任をわけて考えるのが苦手な人が多いように感じます。事故原因を考察したとしても、それは責任追及をしているのではない、ということを理解していないと言えます。これをわけて考えることができない、もしくはしないのは、2つの理由に因ると思われます。

1: 人はミスをする生き物であることを理解していない
2: 責任を何しろ負いたくない

1を理解していれば、どのような事故であれ、采配ミスであれ、誰でも(自分を含め)それをおかす可能性があることがわかります。そして、人は失敗から学ぶものです。2については、どうしようもありません。そこに表出するのは、その人の人間性そのものですから。


「人は失敗から学ぶ」という立ち位置にいるのなら、敗者は語る必要があるのです。
 
 

tag : 敗軍の将

白馬大雪渓ルート再開問題

信濃毎日新聞の8月22日に以下のような記事が出ました。

白馬大雪渓ルート入山禁止解除探る 専門家は判断の難しさ指摘
8月22日(金)
土砂崩落のため北安曇郡白馬村が「入山禁止」を呼び掛けている北アルプス白馬大雪渓の登山道について、太田紘熙村長は21日、専門家による崩落現場の調査を早急に行い、安全確認ができ次第、解除する考えを示した。村内では多くの観光客が訪れる人気登山ルートの再開を望む声が上がる。一方で、専門家は入山禁止を解除する判断の難しさを指摘している。 (中略)

 村観光局によると、白馬大雪渓への入山者は7、8月だけで約1万人。9、10月も白馬大雪渓を含む北ア北部の山岳に約7千人が訪れる。同局の松沢晶二次長は「観光全体への波及を考えるとルート再開は早いほうがいい」と話し、太田村長は「再開を望む宿泊業者の声も聞く。2次災害が起きないと判断できれば、解除したい」とする。

 一方、10年余にわたり崩落現場一帯の地質調査をしている専修大学の苅谷愛彦准教授(42)=地形学=は「土砂崩落は標高の高い山の宿命。2次災害がないとは断言はできない」と指摘。20日、崩落現場を調査し、今後崩れる可能性のある土砂を現場上部で確認したといい、「あいまいな情報で登山者を招き入れることは危険。一帯の危険性を十分周知した上で再開すべきだ」と忠告している。



以下のような点で考えてみました。
1:どのような安全確認作業・調査が行われるのか?
2:そもそも安全とは何を想定しているのか?
3:リスク評価はどの程度可能なのか?
4:自然科学と政治経済そしてメディア
5:行動マネジメント
6:まとめ


1:どのような安全確認&調査が行われるのか?
ヘリコプターからではなく、当然、現地調査が必要でしょうから、それがきちんと実施され、調査内容が公開されるのかが興味あります。現時点で、信頼できるソースといえるのは、現場に行かれた苅谷愛彦氏の言葉でしょう。「今後崩れる可能性のある土砂を現場上部で確認した」とありますから、それに対するリスク評価が待たれるところです。

2:そもそも安全とは何を想定しているのか?
2005年の杓子岳側の崩落の際もそうでしたが、行政が発する「安全宣言」なるものが理解できません。地質および地形を考えれば、潜在的なリスクがある場所なのですから、できることは、2つしかないと思います。

一つは、そのリスクがどの程度の大きさになっているのか、もう一つは、リスク軽減の行動を人間側が何か取っているのか。さらに、今回の事故と関係あるエリアのみを考察するのか、それとも山域全体として考えるのかでも異なってきます。


3:リスク評価はどの程度可能なのか?
資料がないかと探したところ、建設省河川局砂防部が作成した「土石流対策事業の費用便益分析 マニュアル(案) 平成12年度版」という文書がありました。

ここでは、全国の確率雨量と比較し、2年~20年超過確率以上の降雨によって大部分の土石流が発生していることから、マニュアルでは10年超過確率以上の降雨によって土石流が発生するものと仮定して対策工事等を考える、としています。以下のグラフは、平成4年以降5ヶ年に全国579渓流で発生した土石流時の時間雨量、日雨量です。
土石流発生雨量

また、地すべりについても「地すべり対策事業の費用便益分析 マニュアル(案)」があり、発生規模と頻度の設定について、以下のような記述があります。

地すべりは降雨や地下水の変動などを誘因とする自然現象であり、同様の誘因が発生した場合であっても地形や地質の素因の違いにより、発生規模や頻度は大きく異なる。

地すべり災害の発生規模と頻度との関係を評価するための手段には、素因の違いを考慮しながら災害実績を評価する方法と、地すべり運動をモデル化し数値シミュレーションなどによって評価する方法が考えられる。

しかしながら、国内に分布する地すべり地では、地すべり対策の効率性などの観点から、地すべり地内においてなんらかの変動が見られた場合には、速やかに地下水排除工などの応急対策工事が実施されるため、対策工事が実施されない場合の被害の実態を把握することは困難であり、従って、災害実績から地すべり災害の発生規模と頻度との関係を評価することはできない。

また地すべり運動をモデル化し、現在までに得られた降雨などの誘因とその発生規模などの資料をもとに解析を行う場合には、地すべり運動に係わる地質定数(透水係数、内部摩擦角、粘着力)を代表値でシミュレートせざるを得ず、実際に発生した土砂移動現象の規模と異なる場合も考えられる。

さらに地すべりの移動土塊は、通常であれば地すべりブロックの2倍の範囲で停止するが、移動土塊が沢などに流入した場合には、土塊は流動化し地すべりブロックの2倍の範囲を超えて停止する場合もある。このような場合にも、想定した地すべり災害の規模は実際に発生した地すべり災害の規模と異なることとなる。

以上のように、地すべり災害は発生規模と頻度との関係を設定することが困難であり、河川のように降雨の規模に応じて洪水の規模が定まり、従って災害の規模も決められるという現象ではない。

このような地すべりの特性から、従来地すべり対策において、被害発生確率、あるいは被害規模を想定することは行ってきておらず、経験的に想定される最大規模程度の日がい想定区域を想定し対策を行っていた。




こうして同じ対策費用便益分析の書類を見ると、地すべりと土石流で観点が異なっていることが興味深いです。土石流は発生確率論を用い、地すべりは応急対策をすぐにしてしまうので、わからない、と。こうなりますと、土砂崩落の発生リスク評価には、土石流的な視点、つまり降雨量などを目安にすることが考えられますね。とても大雑把な指針となるでしょうが。


4:自然科学と政治経済そしてメディア
自然に身を曝す人は、自然を理解する以上に「人間を見抜くことが必要」であるように思います。たとえば、自然科学者と研究者はイコールではありません。研究者という大きな枠の中に、自然科学者もいるし、おかしな研究者もいる、ということです。自然科学者は自然現象に対して誠実ですが、おかしな研究者は、事実よりも資金提供者に都合の良い発言をします。

特に自然災害系(土砂崩落、地震、雪崩等)は、再現性の問題や定式化が困難であることから、権威主義的なものを背景としておかしな人が跋扈しやすい土壌であることを、ユーザーは理解しておいたほうがいいと思います。


行政には専門性がありませんから、その言質を専門家に求めます。これはメディアも同様です。「○○という専門家にお願いした」からという理由により、行政とメディアは判断の責任から逃れることができると考えます。しかし、○○という専門家を選んだ、という選択に関連する責任は生じます。

これに対し、行政やメディアは「○○さんはこの分野の権威ですよ。それを否定するのですか?」という形の反論をします。しかし、いかに権威だろうと、現地をヘリコプターから眺めただけで、土砂崩落の調査はできないものです。もし、ヘリからの視察だけで、安全宣言が出されるようであれば、それは、単に「政治経済の都合」のため、行政が専門家という肩書きを使っただけの話です。そして、そのシナリオに乗った時点で、その専門家は自然科学者ではないということです。


こうした状況を簡単に例えれば、2ch を読む時のようにメディアの報道を読み、専門家の発言を吟味する、ということかと思います。ウソを嘘と見抜けない人に、2ch は厳しいメディアですが、基本的に自然災害に関する情報は、そのようなスタンスでいることが大事に思います。

それゆえ、誠実な自然科学者であればあるほど、社会と対決せざるを得ない局面に立たされることとなります。その典型的な事例が、地球温暖化問題でしょう。赤祖父俊一氏の本を読めば、自然科学者としての義憤が、本を書いた動機であることがわかります。



5:行動マネジメント
上記に取れることは2つと書きましたが、その片方である人間側の問題です。土砂崩落した場所が少し落ち着いたとしても、他の場所も含めて落石などのリスクがある場所ですから、どのようなリスク軽減行動を取るのか、というのが大事でしょう。

先のエントリに事故現場の写真が載っていますが、たとえば、リスクが低い場所(植生が残っている所)からリスクが高い場所(沢状のガレ場)を横断する際、どのような行動を取るか、というテーマがあります。欧米の標準的なガイディングであれば、「人と人の間隔を開けて素早く渉る」が鉄則です。

それゆえ、落石そのものは山岳リスクの一つに内包されますが、基本行動様式を外していて事故となった場合には、ガイドはその責任を免れません。しかし日本の山で目にするのは、数珠繋ぎで渉っているガイドツアーであったりします。

上記記事でコメントを寄せている苅谷愛彦氏(専修大)が興味深い研究を行っているようです。「白馬大雪渓における画像データロガーを用いた落石と登山者行動のモニタリングの試み」と題されたペーパーは、落石の挙動について画像データを用いて解析しようとするものです。

はじめに
長野県白馬村白馬尻と白馬岳山頂を結ぶ白馬大雪渓ルートは北アルプスの代表的な人気登山路である.しかし大雪渓の谷底や谷壁では融雪期~根雪開始期を中心に様々な地形・雪氷の変化が生じ,それに因する登山事故が例年起きている1).特に,広い意味での落石 ―― 岩壁や未固結堆積物から剥離・落下・転動した岩屑が谷底の雪渓まで達し,それらが雪面で停止せず,またはいったん停止しても再転動して≧1 km滑走する現象 ―― は時間や天候を問わずに発生しているとみられ,危険性が高い.大雪渓のように通過者の多い登山路では,落石の発生機構や登山者の動態などを解明することが事故抑止のためにも重要である.本研究では,大雪渓に静止画像データロガー(IDL)を設置し,地形や雪氷,気象の状態および通過者の行動を観察・解析した.




今後は動画での記録・解析も考えているようですから、実現されれば、単に、落石の発生頻度や挙動のみではなく、登山者がどのような行動マネジメントをしているのかも、如実にわかるようになるのでないかと期待されます。ガレ場や雪渓上にある石が動き始めることは、確率論的なものにならざるを得ないことを考えれば、リスク軽減の行動がいかに重要であるか理解できるかと思います。その意味で、実態調査がきちんとされれば、それは大きな意味を持つことになります。


6:まとめ
白馬大雪渓ルートの再開には、現地調査がきちんとなされ、その具体的内容が広報されてほしいと思います。もともと落石事故のある場所ですし、事故を区分し、整理することも必要なのではないでしょうか? それが行われているのか、されていないのか、当方は知りません。

たとえば、落石であっても、自然発生であったのか、それとも人為が関与している可能性があるのか、また単一の岩の落下なのか、土砂崩落のような形での流下なのか、といったように、整理可能であろうと思います。他にもいろいろな視点はありうるでしょう。

それがなされることで、崩落事故が山岳リスクに内包されるものなのか、それとも人的なものが関与していて、事故を避けるもしくはその規模を小さくすることができた可能性があるのか、そうしたことを考えることができると思います。

白馬大雪渓の事故・続報

7月19日に発生した白馬大雪渓での事故についての続報を少し。

最初に、以前のエントリ「白馬大雪渓の事故は土石流」について、ある方から非公開コメントを頂き、苅谷愛彦准教授(専修大学)の記事内の談話について、苅谷氏は「土石流である」とは発言してしていないこと、また、談話を寄せた際に事例として出したのは「2006年に、今回と同じ場所で発生した土石流」であることが判明した。中日新聞の記者が、記事をまとめる際に誤ったらしい。前エントリのタイトルと記事内から土石流を削除しました。


信濃毎日新聞に以下のような記事が載りました。

「土石流でなく地滑り」北沢・信大名誉教授が白馬の現場視察
8月23日(土)
信大の北沢秋司名誉教授(治山・砂防学)は22日、北アルプス白馬大雪渓の土砂崩落現場をヘリコプターから視察し、「土石流ではなく地滑り崩壊」と説明した。地滑りした土砂の規模は約1300立方メートルと推定。現場一帯には雨による地滑りが起きやすい地層があるといい、「大雨の時は絶対に歩くべきでない」と述べた。

   白馬崩落現場


 北沢名誉教授によると、崩落現場一帯は、水を通さない粘土質の地層の上に、砂岩や泥岩などの混在岩が堆積(たいせき)している。大雨が降ると、混在岩が多量の水を含み、すき間から水が一気に噴き出すという。崩落があった19日は、現場一帯で30ミリの時間雨量があったとみられ、地中から噴き出した水が堆積した土砂を崩したと考えられるという。

 また、北沢名誉教授は、今回の崩落現場と同じような地層が、一帯にどれくらいあるか調査する必要がある-と指摘。今回の崩落現場は「既に水が抜けており、土砂は固まっている」とも述べた。



どうもよくわかりません。
疑問1: 地すべりしても植生が残る?
写真の解像度が低いのではっきりしない面もありますが、崩落場所としてある赤い斜線の下には、まだ緑の植生が残っているようですし、その崩落場所直下にも植生が残っています。地すべりのような土砂が多量に動く形態において、このように植生が残るということがあるのでしょうか?

疑問2: 流下幅が上空からでわかるのか?
既に20日には天気は回復しており、ガレ等は乾いているでしょう。その状況で、上空から土砂崩落の流下幅等がわかるものなのでしょうか? 写真にある点線について、本当なんだろうか? という思いで見ております。

疑問3: 上空からで現場の土砂の安定性がわかるのか?
北澤秋司氏は「既に水が抜けており、土砂は固まっている」とコメントしていますが、ヘリコプターから目視しただけで土砂の安定性がわかるのでしょうか? 神の目を持っているとか。。。


とりあえず、地すべりとはどんなものなのか、少し調べてみました。国土交通省河川局砂防部に「日本の砂防」というページがあり、そこに地すべりと土石流について簡単にまとめたPDF があります。また、地すべりの写真は同じサイトに「日本の地すべり災害事例写真」があり、沢山の事例を見ることができます。

地すべりとは
斜面の土塊が地下水などの影響によって地すべり面に沿ってゆっくりと斜面下方に移動する現象のことをいいます。一般的に広範囲にわたり発生し移動土塊量が大きいため、甚大な被害を及ぼします。また、一旦動き出すとこれを完全に停止させることは非常に困難です。我が国では、地質的にぜい弱であることに加えて融雪や梅雨などの豪雨により、毎年各地で地すべりが発生しています。

   地滑り


土石流とは
山腹や渓床を構成する土砂石礫の一部が長雨や集中豪雨などによって水と一体となり、かゆ状となって一気に下流へと押し流されるものをいいます。その流れの速さは規模によって異なりますが、時速20~40kmという速度で一瞬のうちに人家や畑などを壊滅させてしまいます。

   土石流



樹林に覆われた山が地すべりを起こした場合、それは上空からでも明瞭にわかりますが、白馬のような場合はどうなのでしょう。また、地すべりの定義である「地すべり面に沿って斜面の土塊が動く」から考えると、崩落場所およびその直下に植生が残っているというのは、どうにもよくわかりません。ある小規模な範囲の土砂が多量の降雨等の理由により流動し、周囲のガレ等を巻き込みながら流下した・・・というのが実態に近いようにも感じます。あくまで想像ですが。


地すべりの型の分類や記述をみていて、なんとなくしっくりこない面があり、なぜだろうと感じていたのですが、それをすっきりさせてくれる記述が、田近淳氏(北海道立地質研究所)の「堆積岩山地の崩壊現象」という記事にありました。

日本での「地すべりの型分類」は対策工種が強く結びついている。 このため、斜面変動に関する分類や用語は、 目的とする分野によって異なる定義や意味で使われていることがある。 それを前提とした議論が必要である。



定義については、これ以上立ち入らないことにしようと思います。自然現象が先にあり、定義は後から人間が作ったものですから、どちらにもうまく収まらないような現象はありますので。よって、広義の意味を持つ土砂崩落と以後はしたいと思います。

ルートの再開問題についても報道がでているようです。それは別エントリにしようと思います。


tag : 白馬大雪渓

snowboarding を信じていないsnowboard industry

snowboard を新調しようと思い、Burton のカタログを見る。
すると100頁に以下のようなページがあった。

burtoncatalog.gif

snowboard industry は、この20年進歩していないようだ。

この手のski を腐しつつsnowboard の優位性を説こうとする
ネガティブな形のプロモは、良いものを生まない。
20年経っても、Burton は、まだわかっていないらしい。

別の面からいえば、snowboarding の魅力を
snowboarding の言葉で語ることができない、という幼児性がそこにはある。
snowboarding それ自体をきちんとsnowboarding の言葉で
表現できるのであれば、そこにski など持ち出す必要もない。

snowboard industry 自体が、snowboarding を信じていないのだ。


このようなstupid なプロモを見ると、
snowboarding をしている人間自体が、
おバカに見られかねないので勘弁してほしいものだ。


医学的にいえば幼年期にsnowboard をさせることは
身体的にかなりネガティブな要素を持っていることを
若いパパ&ママは理解しておいたほうがいい。

骨格も筋肉も未熟な成長期に、
snowboard のような非対称性のスポーツを激しくすれば
それはキッズの成長に悪い影響を必ず与える。

つまり、成長期に適しているのは明らかにski であり、
Burton の一文は、ブーメランのように自身に戻ってきている。
本当にstupid としか言いようがない。
 
 

tag : Burtonsnowboard

Red Bull ヨーロッパでの攻防

食品安全情報blogRed Bull の情報が掲載されていた。オリジナルソースに当たっている時間がないので、引用のみ。

2008-08-21 その他のニュース
・オーストラリアと米国の新しい研究でエネルギードリンクに疑問 一部の人に有害である可能性



2008-08-19 その他のニュース
・ヨーロッパ裁判所が健康上の懸念によるRed Bullの禁止を支持
European court backs ban on Red Bull over health concerns
Monday, 18 August 2008

ヨーロッパの最高裁判所がフランスによるRed Bullの禁止を支持したことから、健康への懸念に関する議論が沸騰している。Red Bullは何人かの死亡事例との関連が示唆されており、専門家はカフェインなどの刺激物質を高濃度に含むことを批判している。



以前「Red Bull のRisk」というエントリを書いたが、フランス国内での販売について間違った可能性(販売禁止を販売していると書いた)。先のエントリにも書いたが、日本では小さく注意書きが入っているものの、通常のソフトドリンクと並んで販売されており、陳列方法と店員への教育は必要と思われる。ちなみに、日本ではこんなスキーヤーもいるようだ。

レッドブルウォッカを飲みすぎてふらふらになりました。
一緒に写真をとったのはレッドペッパーガールズとかいう二人組み。悩殺されました。



 

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大日岳遭難事故その後

文部科学省が設置した形式上の第三者機関である安全検討会の報告書がまとまり、それに対して「不十分」とする遺族が登山研修所を訪れたらしい。KNBニュース19日の報道は以下。

事故の教訓生かし再発防止を
2008 年 08 月 19 日 16:34 現在
平成12年に大日岳での冬山研修登山で大学生2人が死亡して以来、中止されていた研修登山が来年度をめどに再開されるのを前に19日、遺族が立山町の文部科学省登山研修所に対し事故の教訓を生かし再発防止を図るよう求めました。

 大学生2人の母親、神奈川県横浜市の内藤万佐代さんと兵庫県尼崎市の溝上洋子さんは19日、登山研修所を訪れ、長登健所長に対し、文部科学省と講師が「どのように判断を誤ったのか」を検証、公表して今後の研修に生かすよう求める要望書を手渡しました。

 要望に対し、長門所長は「検討会の提言に従い再開を目指して作業を積み上げていきたい」と答えました。

 有識者などから成る文部科学省の安全検討会は先月末、報告書をまとめましたが、その中でも遺族が求めている事故の原因究明は行われていません。 

 文部科学省では安全検討会がまとめた報告書をもとに来年度をめどに研修を再開することにしていて、具体的な研修内容については登山研修所が作成することになっています。



安全検討会がまとめた報告書は文部科学省のサイト「ここ」に掲示されています。事故を受けて設置された安全検討会でありながら、事故の教訓や事故に関連する改善すべき問題点が具体的に記述されていない不思議な報告書です。簡単にいえば、登山研修所を再開するための地ならしでしょう。8月初旬に報告書をまとめれば、補正予算に間に合いますから、再来年3月再開の目処が立ちます。ここで無視されたのは、失われた人命に対する誠実さ。


■経緯■
2000年3月文部科学省管轄の登山研修所が主催した大学山岳部リーダー候補生を対象にした冬山講習会で事故が発生し、二名の大学生が亡くなった。事故は、大日岳山頂付近に形成される雪庇の上で、27人が休憩している最中に、その雪庇が崩落したため。亡くなったのは二名だが、雪庇と一緒に落下した学生や講師も多数いた。

事故から一年後に、文部科学省が設置した事故調査委員会が報告書を公開したが、その大半を雪庇崩落の調査報告の記述にあて、雪庇崩落は予見不可能なので防ぐことができない事故とした。また、報告書には、現場講師の証言など声が入っていなかった。これに遺族側が反発、国家賠償法に基づく裁判が起こされた。

裁判は、講師を訴えるものではなく、国賠法による国の責任を問う形態となった。2006年4月富山地裁にて、遺族側の原告全面勝訴の判決。国が控訴し、引き続き争われたが、和解勧告が出され2007年7月和解が成立。その際、和解条項として安全検討会の設置があり、文部科学省が選任した委員による検討会が開催された。この8月に、パブリックコメントを収録しつつ、最終報告された。

tag : 大日岳

白馬大雪渓の事故

土砂崩落について調査がされたようです。中日新聞社会面によると。

北アルプス白馬岳の地形の変化を1997年から研究している専修大の苅谷愛彦(よしひこ)准教授(42)=地形学=が20日、大雪渓の土砂崩落現場を調査し、土石流が発生した過程について、「豪雨で大量の沢の水が流れ込み、堆積(たいせき)していた礫(れき)や砂が“かゆ”状になって崩れ落ちた」との見方を示した。

 苅谷准教授によると、大雪渓周辺はU字形の地形で、硬い岩盤の上に礫などが積もっており、現場を含む斜面は落石も起きやすいところという。現場周辺には沢が流れ込んでおり、豪雨の際には土石流の発生する危険性が高く、昨年7月にも大規模な土石流が発生している。

 苅谷准教授は、昨年7月のケースは、上流で土石流が発生し、周囲の土砂を巻き込んで広範囲にわたったのに対し、今回は土石流の長さが100メートルと短く、斜面の比較的低い位置から局所的にそげ落ちた形と分析。斜面の一部が崩れ落ちずに残っているとみられることから「再び天候が悪化すれば、2次災害の起きる危険性がある」と指摘している。(強調は引用者による)



どうやら2005年8月の杓子岳側からの大規模崩落とはメカニズムが異なるようですね。豪雨とそれに伴う、土石流土砂崩落ですから。もちろん、地質として硬い岩盤の上に礫などが積もっている地域特性はあるにせよです。


同じ中日新聞の記事には、ガイドの判断について疑問を呈す声がいくつか載っています。記事タイトルも「『引き返すべきだった』 白馬岳崩落 地元の関係者、沈痛」というものです。

山岳ガイドの野間洋志さん(35)ら2人が犠牲になった白馬岳大雪渓で起きた土砂崩落事故。地元の山岳関係者からは、悪天候は十分予想できたとし、「引き返すべきだった」との声が上がった。

「日本海から寒冷前線が下りてきて、局地的な豪雨や雷は予測できた」。白馬岳に詳しい山岳ガイド歴25年の倉科(くらしな)光男さん(58)は指摘する。

 倉科さんは、崩落が起きた19日、数時間後には荒天になると予測し、午前7時半に自らガイドを務めるトレッキングツアーを中止。猿倉で登山客らに引き返すよう助言し、予定を変更したグループもあったという。「気象情報をしっかりつかんでいれば、防げた事故ではなかったか」。倉科さんは沈痛な表情を浮かべた。

 野間さんら2人が宿泊先の白馬尻小屋をいつ、どういう判断で出発したかは分からないが、19日午前10時半ごろ、崩落現場の下方で登山中の姿が目撃されていた。白馬岳は早朝から雨が降りだし、国土交通省の雨量計によると、午前9時から10時までの1時間に24ミリの強い雨が降った。

 北アルプス北部地区山岳遭難防止対策協会(遭対協)の石田弘行さん(62)も「朝から雨で天候が荒れることは予測できた。常識的にみて引き返すべきだった」。

 捜索活動を指揮した同遭対協の降籏(ふるはた)義道さん(60)は「雨が降っていれば視界も悪い。土砂崩落は予期しなかったと思うが、無理しないでほしかった」と惜しんだ。



メディアは「地元に詳しい・・・」という枕詞が好きですが、寒冷前線が南下しつつあり、それに伴って局所的な豪雨があるのは、天気に興味ある山が好きな人であればわかっている話かと思います。

記事では「引き返すべきだった」というコメントが多いのですが、後出しジャンケンに感じます。降雨と土石流土砂崩落発生の関連は、とても大雑把な傾向の言及はできても、より具体的な関係については言えないのですから、「気象情報をしっかりつかんでいれば、防げた事故ではなかったか」というコメントはズレているように思います。

むしろ、今回の事故原因である土石流土砂崩落被災から離れ、「どのような判断で出発の決断をしたのだろうか?」という問いのほうが重要であるように思われます。日本山岳ガイド協会の公認ガイドが、どのような情報を元に、どのような判断を下し、出発したのか、ということです。あのような寒冷前線が南下している時は、別要因による気象遭難があっても不思議ではないからです。

当事者がお亡くなりになっている状況では、この問いは不明のまま残ることになるかと思いますが、おそらく、そこが事故を自分のものとして理解するには一番大切であろうと思います。

今年は、雷なども多く、事故も発生しておりますし、気象現象が強くでる傾向にあります。参考に「チーム森田の“天気で斬る!”」の8月19日の頁をリンクしておきます。寒冷前線の南下に伴う注意喚起が記載されていますし、朝8時の時点での落雷記録があります。

 
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天候状況を記述している報道があったので追記メモしておく。毎日新聞からの抜粋。

白馬岳崩落:2遺体発見 「無事で」…祈り届かず /長野
8月21日13時1分配信 毎日新聞

19日午前5時半に3人パーティーで入山した東京都北区の私立学校教員、樋口雅夫さん(44)は「雨のひどさなどから、下山を決めた。登山道は川のような状態で10メートル先で小規模な土石流や落石も目撃した。地盤はかなり水を含み、危険だと感じた」と話す。20日午前、猿倉登山口から下山した大阪府高槻市、公務員の石田善紀さん(58)は「大雪渓を通り、栂池に向かおうと思っていたが、雨がひどく引き返した。19日の午前10時半ごろはどしゃ降り状態だった。視界も悪く、10メートル先がやっと見えるほどだった」と説明した。


 
 
ステレオタイプなコメントもあっったので、それもメモしておく。

崩落事故を受け、白馬村は大雪渓ルートの現場付近の登山禁止を知らせる立て看板を設置。バスやタクシー会社には、登山客に現状を説明するよう求めたほか、現場付近の山小屋には職員を派遣、注意喚起を図った。崩落事故について20日会見した白馬村の太田紘煕村長は「(亡くなった方は)お気の毒で、あってはならないこと。登山に危険はついて回るが、十分注意して登ってほしい」と厳しい表情を浮かべた。



事故があってはならないのであれば、山を閉ざしたほうがいいし、山で観光立村など考えないことだ。「あってはならない」という言い方はいい加減やめたほうがいいと思う。
 
 
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さらに追記、苅谷愛彦氏は「土石流である」と発言していない事実が判明したので、記事内の用語を「土砂崩落」に書き換えた。また、タイトルから「土石流」を削除した。(8/25)

tag : 白馬大雪渓山岳ガイド

白馬大雪渓でガイドツアーの事故

概略がわかってきたので、メモとしてアップ。まず信濃毎日新聞の報道。

白馬大雪渓で土砂崩落、登山者2人と連絡取れず
8月20日(水)

 19日午後4時10分ごろ、北安曇郡白馬村の北アルプス白馬大雪渓上部で土砂崩落があったと、県山岳遭難防止対策協会の常駐隊から大町署に通報があった。村や同署によると、崩落は標高2300メートル付近の葱平(ねぶかっぴら)下部で発生。幅約30メートル、長さ約70メートルの規模で、現場付近に登山用ザックが落ちており、登山者が巻き込まれた可能性がある。

 同署などによると、白馬岳(標高2、932メートル)頂上近くの白馬山荘にこの日宿泊予定だった女性と、同行していた「登(と)攀(はん)クラブ安曇野」(安曇野市)所属の野間洋志さんの計2人と連絡が取れていない。現場で見つかったザックは野間さんの所有とみられる。

 当初、頂上付近の山小屋に宿泊予定の3グループ8人と連絡が取れていない-との情報もあったが、2グループ6人は入山していなかったことが確認できたという。

 現場は残雪がある登山ルート上。付近を通った登山者の目撃情報から、土砂崩落は同日午前11時ごろとみられる。この情報を受けた県遭対協常駐隊員が白馬山荘から現場へ向かい、崩落を確認した。

 県警は同日午後5時半ごろに県警ヘリ「しんしゅう」を出動させたが、天候が悪く現場を確認できなかった。20日早朝からあらためて捜索する。「しんしゅう」が現場へ向かうほか、山岳遭難救助隊員や県遭対協の救助隊員、民間のレスキュー犬も投入する方針。新潟県警にもヘリの応援を要請している。

 葱平付近では、2005年8月にも土砂崩落が起き、2人が死傷している。

 長野地方気象台によると、19日は日本海の低気圧から延びた前線が本州を東へ進み、県内では北ア周辺など北部を中心に激しい雨になった。白馬村役場総務課によると、登山口の猿倉では午前7時ごろから雨が降り始め、午前10時から午後2時にかけては1時間に最大22ミリの強い雨。午後3時までに計111ミリを観測した。




報道から分かるのは・・・
・ガイドツアー
・白馬山荘を目指して登っていた可能性
・かなり雨が降った模様


ガイドについては、安曇野山岳ガイドクラブに所属されている方らしい。
案内には以下のような文章がある。

安曇野山岳ガイドクラブは社団法人日本山岳ガイド協会の正規加盟団体です。
燕山荘グループの現役スタッフ、OBが母体となって構成されたガイド組織です。




また降雨については、同じ頃、大雪渓を下山してきたグループのコメントが
読売新聞に掲載されていた。

白馬岳崩落「自分たちも間一髪」 登山者ら、安否気遣う
高山植物と万年雪が美しい登山コースを土砂が襲った。白馬村の白馬(しろうま)岳の大雪渓で19日起きた土砂崩落。登山を予定していた2人と連絡がとれなくなっており、関係者の間から安否を心配する声が上がった。

(中略)

高山植物の保護のため、白馬岳の頂上に約1か月滞在していた宇都宮大4年の川上浩一さん(21)のグループは同日午前8時過ぎに頂上宿舎を出発。同10時ごろに大雪渓を通った。

 「その時は土砂降りで、いつもに比べ人がいなかった」。午後1時ごろ、登山口の近くにある猿倉荘に到着したが、土砂崩落にはまったく気付かなかったという。猿倉荘で見たニュースで、崩落を知った。「びっくりした。自分たちが通ってきた道なので、間一髪だった。あの雨の中で土砂に巻きこまれたらどうなっているかわからない。心配だ」と、連絡のつかなくなった2人を気遣った。

 千葉県の中高一貫校「市川学園」のワンダーフォーゲル部の部員10人を引率して、猿倉荘に来ていた顧問の中川一成さん(55)は「大雪渓を通って白馬岳の山頂に行く予定だったが、違うルートを行くか、登山をあきらめるか考える。大雪渓を楽しみにしていた生徒もいるが、仕方がない」と話していた。(2008年8月20日 読売新聞)




現場では、かなりの土砂降りであったようです。
最後に、NHK ニュースでの専門家のコメントをメモしておきます。

今回起きた土砂崩落について、土砂災害の発生のメカニズムに詳しい信州大学の北澤秋司名誉教授は「土砂の崩落が起きた付近は傾斜が急なうえ、岩が風化してボロボロになっているため、いつ崩落が起きてもおかしくない場所といえる。現場付近では、崩落が起きる前に1時間に20mmほどの雨が降っており、この雨がきっかけとなって風化した岩が崩れ、崩落につながったと考えられる」と指摘しました。

そのうえで北澤名誉教授は「白馬岳では3年前にも大規模な崩落が発生するなど、 崩落の危険性が高い山で、登山者は天候などに十分注意し、少しでも危険を感じた場合には引き返す勇気を持ってもらいたい」と話しています。



メディアはこうして大学の教授等にコメントをもらうことで、仕事したつもりになっていますが、この程度のことは、山が好きな方なら理解しているでしょうし、「少しでも危険を感じたら…」といった抽象論ではリスク管理はできませんしね。現場も見ていないのに、崩落原因を語るのはいかがなものなのでしょう。学究者らしからぬ軽率な言動に思えます。


報道からではわからない点で知りたく思うのは、視界がどの程度あったのだろう、ということです。

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tag : 白馬大雪渓

シー・シェパードのメンバーへ逮捕状

読売新聞によれば、シー・シェパードのメンバーの逮捕状が請求されたという。

調査捕鯨妨害のシー・シェパード活動家3人に逮捕状
 南極海で昨年2月、米国の反捕鯨団体「シー・シェパード(SS)」が日本の調査捕鯨船に妨害活動を繰り返した問題で、警視庁は18日、威力業務妨害の疑いで米国人のラルフ・クー容疑者(41)らSSの活動家3人の逮捕状を取った。

 国際刑事警察機構(ICPO)を通じて国際手配する。南極海は公海のため通常、日本の捜査権は及ばないが、同庁はSSの妨害活動が海上でのテロ行為と認定、海賊行為などを禁じた「海洋航行不法行為防止条約」を初適用した。

 ほかに逮捕状を取得したのは、米国人のジョナサン・バチェラー(30)、英国人のダニエル・ベバウィ(28)の両容疑者。

 同庁幹部によると、3人は昨年2月12日、南極海を航行中だった日本の調査捕鯨船団の「海幸丸」のスクリューに目がけてロープを投下したほか、発煙筒を投げ込むなどして、調査活動を妨害した疑い。(2008年8月18日23時03分 読売新聞)



既報されているように、犯罪人引渡条約のない国に滞在している場合、実際の逮捕に繋がらない可能性も高いのだが、以下の点は重要。

・容疑者の特定には関係各国の協力が必要
・主義主張の自由と暴力&犯罪行為を区別


国際捕鯨委員会(IWC)も今年の3月には、シー・シェパードの暴力行為に対し、非難声明を出しており、当たり前と言えば当たり前の方向に事は進んでいることになる。とはいえ、パタゴニアのように、依然としてシー・シェパードを応援します、というメーカーもある。それは以前のエントリ「パタゴニアの欺瞞」で触れたとおり。活動のための資金や物資の提供源がなくならない限り、テロ活動は弱まらないことを考えれば、パタゴニアのようなサポート会社の罪は大きいでしょう。以前のエントリでも書きましたが、カルト会社にはこうした常識は通じないのでしょうが。

tag : パタゴニアシー・シェパード

東京五輪より良好な北京の大気

北京五輪開幕直前ということで、言及されることの多い、北京の大気汚染について、信頼できるソースはないだろうか、と探してみた。マスコミに載る情報は、印象論ばかりなので。すると、中西準子氏が「オリンピックと大気汚染」というエントリで既に書かれていた。

東京オリンピックの時の大気汚染の状況
「北京オリンピックと大気汚染」という三菱総研の竹末直樹さんの記事があった。
http://www.mri.co.jp/COLUMN/ECO/TAKESUE/2008/0428TN.html

今の北京市の状況は、今の東京と比べて二酸化硫黄は約10倍、NOxはほぼ同じかやや高い程度、オリンピックの開かれた時(1964年)の東京は、今の北京と比べ、二酸化硫黄が1.5倍程度と書かれていた。つまり、東京オリンピックの時の方が高かったことが分かる。

もっと詳しい資料があって、下のURLでは、経年的な値が掲載されている。
http://www.china-epc.cn/japan/beijing/beijing_03.htm

国立環境研究所の田村憲治さんの「中国における大気汚染による健康影響」というスライド資料もあった。1964年頃の東京の二酸化硫黄の濃度は0.05ppm程度、今の北京が0.04から0.03ppm程度。二酸化窒素の濃度はあまり変わらない。



二酸化硫黄について、現在の東京を「1」として、整理すると、

東京(現在)=1  東京(1964年)=15  北京(現在)=10

になりますね。ですから、「今の北京は東京より10倍、二酸化硫黄が多い大気汚染が酷い状態」とも表現できまうし、「東京五輪の時は、今より15倍も濃い、二酸化硫黄濃度の大気の中で、マラソンを行い、円谷幸吉が銅メダルを獲得した」とも表現できます。また、二酸化窒素濃度について、最後の一文は、ちょっとタイプミスがあるようです。

中西準子氏は、印象論に陥らないための、重要な指摘をされています。

何か基準になる数字は、必ず覚えて、常にそれと比較するというようにした方がいい、これが私の考え方だ。



心に留めておきたいことです。また一方で、定量的な解析がまだうまくできていない領域については、別の視点での注意が必要でしょう。地球温暖化とかBackcountry での奇妙な方々の存在を目にするにつけ、ですが。

パタゴニアの欺瞞

msn の産経ニュースからのクリップ。

捕鯨船妨害 きょうにも逮捕状請求 米国人活動家ら特定
2008.8.5 01:49
米環境保護団体「シー・シェパード(SS)」による日本の調査捕鯨船への妨害問題で、日本の捜査当局は4日、実行犯の米国人ら数人を威力業務妨害容疑で立件する方針を固めた。5日にも逮捕状を請求する。これまで立件が困難で野放し状態だった妨害活動を未然に防ぐためにも、国際社会に対し、日本政府として毅然(きぜん)とした姿勢を示す必要があると判断した。

 調べでは、SSのメンバー数人は、昨年2月と今年3月、南極海を航行していた調査捕鯨船団の母船「日新丸」などに対し、SSの抗議船から異臭を放つ酪酸(らくさん)とみられる化学物質の入った瓶を投げつけるなどして、航行を妨害した疑い。3月3日の妨害活動では、乗組員ら3人が軽いけがをした。

 事態を重くみた捜査当局は事件後、乗組員が撮影したビデオ映像などの分析を進めるとともに、SSが活動拠点にしている豪州政府など関係各国に対して捜査協力を要請し、実行犯の照会と特定を急いでいた。

 捜査の結果、米国人ら数人の実行犯を特定できたため、逮捕状の請求に踏み切ることにした。ただ、容疑者の身柄引き渡しは難航しそうだ。容疑者が日本に入国する可能性が低い上、身柄引き渡し条約を結んでいる米国以外の場合、海洋航行不法行為防止(SUA)条約などに基づき、身柄の引き渡しを求めていかざるを得ないからだ。

 こうした妨害活動について日本政府は、「鯨を守るために人間に危害を与える行為は許し難い」(町村信孝官房長官)とし、関係各国に必要な措置をとるよう要請。日本政府の働きかけで、国際捕鯨委員会(IWC)は今年3月の会合でシー・シェパードを初めて名指しで非難。母港を提供した豪州などに対処を強く求める声明を全会一致で決議した。




シー・シェパードの件があるより以前から、セールストークとして環境問題を使う胡散臭いブランドだと思っていた人間には、「ああやっぱりね」という感じでした。会社全体に一種のカルト的な匂いがしていましたのでね。

環境問題に関する会社のステイトメントを信奉して、日本支社に入りたがっている知人がおりましたが、「それはパブリシティだよ」といっても、その美辞麗句を信じていましたので。カルトは国によって現れ方が変わってきますが、日本では美辞麗句で人を集め、高額商品を売ったりする場合が多い。中国製の同じゴア使いながら、値段が半分のプロダクツがあることを知っている人であれば、思わず笑う話ではあります。


きっと、Ignorance なんでしょうね、パタゴニアを着たり、会社に入りたがる人というのは。ちょうど、地球温暖化防止活動にバザーが役立つと思っているこういう人たちのように。

JCAST の取材によれば、パタゴニアは環境テロ集団をサポートしていくという。

シー・シェパード」との関係がネットで広まり、08年1月24日頃から同支社にも相当数の抗議のメールや電話が来るようになった。同支社広報担当はそうした抗議の一つ一つに丁寧に返答している、としながら、「シー・シェパード」のサポートは今後も続けていくのだという。

「当社のビジネスは最高の製品を作ることはもちろんですが、『環境危機に警鐘を鳴らし、解決していく』という理念があります。シー・シェパードの考え方もそうした方向性であり、シー・シェパードに賛同しない方もたくさんいるとは思いますが、賛同しない方々に対してもご説明し、理解していただけるよう対応したいと思っています」



blog 「From VALVANE」のコメント欄によれば、シー・シェパードのウェブサイトに、現在もパタゴニアからウェア提供など物資面でのサポートを受けていることが明記されているという。このblog のコメントにある以下の言葉は象徴的だと思う。

パタゴニア、この会社も、企業イメージが確実に下がるのに、それでも応援し続けるというのは理解しがたいですね。



だから、カルトなのです。通常の企業体であれば、企業イメージが下がることを回避するもの。それが機能しなくなっているのですから、狂信的な原理が企業に蔓延している、と考えるの自然です。

日本支社について、「支社だからねぇ」という見解の方もいるようですけど、ビジネスにおける日本市場の大きさ、という本社に対する優位点を利用することで、事態を動かすことはできるはずなのですけどね。もし、日本支社の中にまともな人が多いのであれば。


何はともあれ、パタゴニアが史上最低ブランドであることが今回の件で確定した、ということは明らかでしょう。私はシー・シェパードのような暴力嗜好はありませんから、パタゴニア日本支社に体当たりする、なんてことはしませんが、少なくとも、Backcountry でパタゴニアを着ている人に出会ったら、その背中に向かって、グッと拳を握り、ゆっくりと中指を立てるぐらいはすると思います。

tag : パタゴニアシー・シェパード

ムペンバ効果の「効果」

お湯が水より先に凍るというムペンバ効果。NHK の「ためしてガッテン」で放映された後、大槻氏の反論を含め、ブログなどを通して議論が起こり、JCAST のカバーした記事が、Yahoo のトップページに掲載されるまでになった。

ムペンバ効果自体は、起こりうる現象(いつも起こるわけではない)だし、まだメカニズムをうまく説明できていないことに変わりない。この現象をもう少し理解するには、かなりしっかりした実験が必要だ。この辺については、apj 氏の以下の記事が、過去のpaper の要約もあり、秀逸かつ信頼できる内容になっている。

 ムベンバ効果調査中(1)
 ムペンバ効果調査中(2):「ためしてガッテン」でどう扱われていたか
 誤解されたので書いておく
 ムペンバ効果調査中(3):ムペンバ君の報告
 ムペンバ効果調査中(4):J-CASTニュースの記事


本日のエントリは、ムペンバ効果がもたらした「効果」ということについて。ムペンバ効果それ自体ではなく、こうした未解明な問題に対して、人がどのように振る舞うのか、ということ。流れを簡単に整理すると以下になるかと思う。

  1: 不確定現象を必ず起こるかのように紹介  →  NHK「ためしてガッテン」
  2: ポイントのズレた単純化した反論  →  大槻氏
  3: ぐちゃぐちゃが始まる  →  ブログ議論
  4: それをメディアがさらに拡大  →  JCAST
  5: 信頼できそうな研究者がズレた発言  →  前野氏(JCASTにて)


話は少し遡り、NHK の放送に先立ち、前野紀一氏がSeppyo-Talk という雪氷学会が運営する一般の方も登録できるメーリングリストで以下のような発言をしている。

Mpemba Effectとは、お湯と水をそれぞれ同じ容器にいれて低温のもとに放置したときお湯の方が早く凍ることがある、という現象です。この現象は西洋では2000年も前から知られていましたが1960年代にムペンバというタンザニアの高校生が「再発見」するまであまり話題になりませんでした。私はその頃カナダの大学にいましたからそれを知っていましたが、自分自身はその詳細を調べることはまったくせず、また日本の雪氷や物理の学界にも紹介することを怠り今日に至りました。

ところが今回NHKからこの現象を「ためしてガッテン」で扱いたいと相談されました。私は初めは反対していたのですが、面白い現象なので、メカニズムについてはまだ信頼すべき精密な測定が行われれていないと説明する、という条件で放映に同調することにしました。

これまでMpemba Effectを調査したという報告は数え切れないほど多数発表されています。しかし、残念ながらどれもこれも厳密さと論理において不満足なものばかりで、素人研究の域をでていません。その理由ははっきりしています。この現象には多数の物理因子が関係しているため、科学的に満足な調査をするためには相当周到な研究が必要だからです。温度や容器だけをパラメーターにする素人研究では絶対解明できない難問です。しかし、それにもかかわらず、素人でもまた子どもでも挑戦できる点が、この現象の魅力でもあります。

 [Seppyo-Talk 851]7月6日配信より抜粋引用、強調は引用者による



重要な点は、引用文内で強調した以下の2つであるように思われる。
 1: 放送にあたっては未解明の問題である注意喚起が必要と指摘した
 2: 発表されているpaper は素人研究の域にあると考えている

前野紀一氏が、注意喚起したのは、専門家として「未解明の要素があるので、メディアの単純化した放送構造には馴染まないであろう」という、ごく常識的な考えだったと思うし、その指摘は正しいと思う。ただし、そうした進言に対し、メディアがこちらの見解を尊重してくれるような存在ではない、という想像力が足りなかったのではないだろうか。

前野氏は、恐らく、もっと強く言っておけば良かった、と後になって思ったのであろう、それが、7月6日のSeppyo-Talk の書き込みに繋がっている。事実、このメールの最初には、次のような言葉が書かれていた。

7月9日(水)20:00-20:45 放映のNHKためしてガッテンで「ムペンバ効果(Mpemba Effect)」が紹介されます。無駄な誤解が生じないよう予め雪氷学会の皆さんに経緯をお知らせしておきます。



この件については、前野氏に対して、多少同情的であるが、NHK は断定的な報道について、反省しているそぶりはない。以下は、朝日新聞に載った広報のコメント

実験を繰り返し、高温水の方が早く凍るということを確認したうえで番組を制作しました。誤解を与えたとは考えていません。
  
 2008年7月31日 asahi.com からの引用




一方で、「いずれも素人研究の域をでない」という2点目については、いかがなものだろう。apj 氏の「ムペンバ効果調査中(3)」のコメント欄に、以下のようなapj 氏からの書き込みがある。

実験するにしても、
S.Esposito, R De Risi, L. Somma "Mpemba effect and phase transitions in the adiabatic cooling of water before freezing", Physica A 387(2008)757-763.
や、
David Auerbach "Supercooling and the Mpemba effect: Whern hot wter freezez quicker than cold", Am. J. Phys. 63(1995)882-885.
の精度は確保した上で、それを越えないと研究としては意味が無いんですよ。でもって氷の結晶ができはじめる時間が本来ばらつくものだというのは、この論文2つで尽きていると思うんですね。追試の必要があるかというと、既に独立に2つの論文が出て同じ結論である上、普段の他の実験の状況とも矛盾しないので、そんなに必要ではない。



ひょっとして、前野氏はムペンバ効果について調べていない、とか・・・・・・。それとも、上記2本の論文も、素人の域をでない、と考えているのだろうか。Seppyo-Talk では、いくつかやりとりがなされたようだが、樋口敬二氏の書き込みも、前野紀一氏と同種のズレを感じる。樋口敬二氏は中谷宇吉郎の弟子であり、雪結晶の研究で成果を残した方である。名古屋市科学館の館長も務めた。以下に引用する。

Seppyo-talk 867 で申したように、日本における「ムペンバ効果」の認識と普及に関するデータを集めておりますが、その中に参考になる情報があれば、順次でお知らせしたいと思っています。

先ず、ご存じの方もあるかと思いますが、物性物理学の金森順次郎さんが「これからの基礎科学」という講演で、「科学の隙間にあるもの」の例として「ムペンバ効果」を挙げておられることです。

昨年3月3日開催の山田科学振興財団の設立30周年記念パネルデイスカッションで、江崎玲於奈、金森順次郎、野依良治、岸本忠三、永井克孝といった錚々たる人達による基調講演の一つとして行われた 金森氏の講演「これからの基礎科学ー国際高等研究所の経験からの管見ー」の中での発言です。

 [Seppyo-Talk 868]7月21日配信より抜粋引用



樋口敬二氏は、この資料を「是非 御一読をお勧めします」としているので、読んでみることした。記事は「ここ」にPDF であるが、ムペンバ効果に記述のみ以下に引用する。

■科学の隙間にあるもの
ここで、その例をひとつあげます。「ムペンバ効果(The Mpemba effect)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。ムペンバはタンザニアの高校2年生の名前だったように記憶していますが、彼は熱い水と冷たい水をコップに入れて冷蔵庫に入れたら、どちらが速く凍るかを試しました。誰もが、熱い水のほうが遅く凍ると思うところですが、実際には、熱い水のほうが先に凍ります。

この現象には、過冷却が関与しているのではないか、蒸発が原因ではないか、水素結合でつながった水の分子構造に何らかの関係があるのではないか、などいろいろな議論がありますが、実のところはよく分かっていません。もしかしたら、そもそも水の温度や圧力だけで何かいうのは間違っているのかもしれません。

(中略)

図5は、熱い水を冷蔵庫に入れて冷やしたときの温度変化を示しています。横軸が時間で、縦軸が温度です。実線と点線はそれぞれ高温、低温の水がたどる温度変化の大体の様子を示しています。熱い水を入れたほうが早く氷になるというのは真実のようです。しかし、常に再現性があるかどうかがわかっていないのが、厄介なところです。著作権の関係で実験の図等はお見せできませんが、くわしくはhttp://www.math.ucr.edu/home/baez/physics/index.html/のGeneral Physicsの中のHotwater freezes faster than cold!をご覧ください。

 「これからの基礎科学ー国際高等研究所の経験からの管見ー」から抜粋引用



記事のアドレスがリンク切れており、金森順次郎氏が読まれたのは、たぶん「こちら」の記事だと思う。金森氏の記述は、未解明なことについて言及する際の「細やかさ」というか「言葉の用い方」について配慮が足りないではないだろうか。言い切り型の文章にとても違和感を持ってしまう。


こうした未解明なことについて、研究者と一般の人の間には、理解の仕方が異なってくる。それは前提が異なるからであろう。よって、研究者側がかなり発言に注意しないと、無用の誤解の原因となっていく。今回についても、前野紀一氏が不用意な表現の発言をJCAST の記事「水よりお湯早く凍る論争沸騰 日本雪氷学会で本格議論へ」でしている。以下引用。

前野名誉教授は、家庭で手軽に実験できるのがいい点としながらも、ムペンバ効果そのものの解明はできないという。「コンピューターシミュレーションでも解明できないような難しい現象が、単純な形で現れているからです。物理の専門家はいかに難しい問題であるかをよく知っていて、プロジェクトを組まないと分からないものなのです」。



問題点は2つ。
 ・コンピューターシミュレーションを持ち出す必要がない
 ・専門家でなくとも、問題構造は理解できる

現象の解明に必要なのは、各種条件を制御した実験装置を用意するなど、具体的な実験デザインという方向のアプローチでいいのではないか。なぜ、ここでコンピューター・シミュレーションという言葉がでてくるのか理解できない。wikipedia だが、以下の記述は参考になると思う。

通常シミュレーションは現象の全てを試行要素とせず、対象要素を絞り込むことにより要素が現象に与える影響を検証する事が主な目的とされる。よって、結果が完全に不確定な事象を検証することは困難とされる。特にコンピュータを用いた積算によるシミュレーションは、基本的に線形近似による計算となるため、非線形要素を含む自然現象をシミュレートする場合は必ず誤差が生ずる。



また、未解明の問題構造自体は、専門家でなくともapj 氏のようなテキストを読めば理解できる。何か得体の知れない未知の現象という印象論的な文章よりも、ゴミや使用する水、冷蔵庫のサーモスタットなどなど、どのような撹乱因子が存在するのか、という具体的記述のほうが、コンピューター・シミュレーションを持ち出すより、遙かに有益だ。


今回の件が明らかにしたのは、「名選手、かならずしも名監督ならず」のような話なのだろう。ある分野で素晴らしい研究成果を挙げた前野紀一氏のような人であっても、「教育・啓蒙」というカテゴリにおいては、かならずしも良い教師ではない、という意味において。apj 氏のような人が雪の世界にもいてくれたらいいのに、と思う。

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