落石事故訴訟と頭部強打時の対処
中学集団登山落石で負傷で提訴市は争う姿勢
(04日18時52分)
集団登山で頭に落石を受けたのに歩いて下山したのは学校の判断ミスだったなどとして元中学生の少年と両親が松本市に損害賠償を求めた裁判の第1回口頭弁論が開かれ市は全面的に争う姿勢を示しました。
この事故は2005年10月北アルプスの乗鞍岳に集団登山していた松本市立清水中学校の生徒の列に直径およそ1・5メートルの石が落ち4人がけがをしたものです。
脚の骨を折るなどした3人はヘリコプターで運ばれましたが男子生徒は自力で下山しその後頭の中に出血があったとして9日間入院しました。
元中学生の少年と両親は「急な坂道を歩かせたことは死にもつながりかねない判断ミスだった」などとして市に220万円の損害賠償を求めています。
きょう開かれた第1回口頭弁論で市側は事故当時頭の出血を判断することは難しく男子生徒も自主的に下山を始めたなどととして全面的に争う姿勢を示しました。
引っかかったのは、事故時、頭部を強打している生徒を歩いて下山させていること。
詳細がわからないので少し調べてみました。
以下は、信濃毎日新聞をクリッピングしたサイトからの転載。
六日午後零時半ごろ、長野と岐阜県境の北アルプス乗鞍岳・剣ケ峰(標高三、〇二六㍍)頂上付近で、登山道を擦れ違うように上り下りしていた松本市清水中学校二年生の集団に、直径一・五㍍ほどの岩が落ちてきた。
落石を受けた同市県、下平友理さん(13)が右足太ももの骨を折り、同市蟻ケ崎、小岩井悠太君(14)が頭を強く打ってともに重傷。ほかに男女各一人の生徒が足を擦るなどの軽いけがをした。
引率教員が現場から携帯電話で松本広域消防局に通報。下平さんと軽傷の二人は県警と県のヘリコブターで松本市内の病院に運ばれた。小岩井君はほかの生徒たちと自力で下山後、不調を訴えて東筑摩郡波田町内の病院に運ばれた。 平成17年10月7日(金) 信濃毎日新聞 掲載
訴状を見ていませんので、わからない点は多々あるのですが、報道から感じる松本市の反論「事故当時頭の出血を判断することは難しく男子生徒も自主的に下山を始めた」はかなり引っかかります。要点は以下の2つです。
1)中学の学校登山で自主的な下山などあるのか?
2)頭部強打時のイロハを知らない?
常識的に考えて、中学生のような未成年それも学校行事で自主的な行動はありえないでしょう。想像しますに、本人がその時は「大丈夫だと思います」と言ったのかも知れません。ですから、2の頭部強打時のイロハを知らない先生であれば、「当人が大丈夫だといって、歩いたじゃないか」という感想を持つものです。
しかしながら、頭部強打時の対処を知っている人であれば、「本人が大丈夫といっても、それを真に受けない」という対応を取ります。これが基本です。最低でも数時間は安静にして、動静を見守ることが必要ですし、できるなら、すぐに脳神経外科でCT を取るべきです。たいした金額はかかりません。
松本市は「事故当時頭の出血を判断することは難しく」ということが反論になると思っているようですが、むしろ逆で「脳内の出血は外からではわからないからこそ、安全のマージンを取った事後対処が重要」という理由にしかなりません。
今回のケースで疑問なのは、ヘリコプターが来ており、他の怪我の生徒を搬送しているのに、頭部強打した生徒を、なぜ乗せなかったのだろう? ということです。頭部強打時のリスクの大きさを理解していれば、搬送させるはずですので。もしヘリコプターの定員の関係で、優先順位を付ける必要があるなら、大腿骨骨折の女子生徒と、頭部強打の生徒でしょう。他の軽傷者は、すぐに死ぬようなことないのですから。
さらに、疑問なのは、その場にいた先生が頭部強打後の対処を知らなかったとしても、学校登山であれば、保健の先生なども一緒にいるはずです。無線で一報を入れて、指示を仰げば、「念のため搬送させなさい」とするはずです。なぜなら、頭部強打によって起こる急性硬膜下血腫のような症例は、受け身がうまく取れなかった場合など、柔道でも発生しており、それはよく知られた事実だからです。
中学校では柔道の授業がありますし、当然、その際のリスクも保健の先生や体育の先生であれば、よく理解しているはずです。よって、頭部強打時の安全のマージンを取った対処も知っていてしかるべきですから、そうした先生に指示を仰げば、自力下山させることはなかったのではないでしょうか。
■snowboard と頭部強打■
snowboard をする人にとって、頭部強打といえば、逆エッジでの後頭部強打です。snowboard が急速に広まった90年代半ばには、初心者が転倒、頭部強打、そして急性硬膜下血腫で何人も亡くなり、社会問題化しました。このリスクは今もあります。リスク軽減の一つは、ヘルメットを被ることです。こうした事故を、間近で見てきましたので、キッズにsnowbooard を薦める気にはなりません。まずはski を行い、身体がしっかりしてからで十分です。
この頃の悲惨が状況については、岐阜県白鳥町にある鷲見病院の先生が、本人もsnowboard をされることもあり、また白鳥町周辺にあるスキー場の怪我人が、ここの病院に搬送されることもあり、以前より精力的な啓発活動をされていました。ある女性が亡くなった記録がサイト「微笑みの中で」にありますので、snowboard の逆エッジおよび急性硬膜下血腫のリスクをご存じない方は、ぜひお読み頂ければと思います。
頭部強打時の留意点を書いておきます。
一時的な健忘症はよく出る症状ですから、周囲の人が注意深く観察し続けることが大事です。数時間してから、急激に容体が悪化することは普通にあります。以下の症状は、注意すべき兆候です。
・頭痛がひどくなっていく
・食べていないのに吐き気や嘔吐感が何回もある
・話しかけないと寝てしまうし、なかなか目が覚めない
・モノが二重に見えたり、よく見えなくなったりもする
・痙攣が起こる
・熱が高くなっていく
・手足がしびれたり、動かしにくい
硬膜下血腫も、急性のものと慢性のものがあります。事故後、数時間で死亡するのは急性のほうです。慢性のほうの事例をいえば、たとえばお婆ちゃんが、家の中でつまずいて転び、頭部を畳で強打。大丈夫で良かった・・・・・・と言っていて、数日経ってから、何か変、という症状がでたりすることがあります。
これは、出血が非常に少しずつであったため、血による脳の圧迫がゆっくりなされ、結果、症状が時間をおいてから出た、ということです。脳味噌は豆腐のように柔らかいので、非常にゆっくりした変化には対応するのです。手術は頭蓋骨をドリルで穴を開け、溜まった血を出すというものになります。
今回の中学生は非常にラッキーだったと思います。脳内での出血量が非常に少しずつであったので、数日してから症状がでたのですから。最悪の場合、下山している途中で症状がでて、亡くなっていても不思議でありませんでした。