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白馬大雪渓ルート再開問題

信濃毎日新聞の8月22日に以下のような記事が出ました。

白馬大雪渓ルート入山禁止解除探る 専門家は判断の難しさ指摘
8月22日(金)
土砂崩落のため北安曇郡白馬村が「入山禁止」を呼び掛けている北アルプス白馬大雪渓の登山道について、太田紘熙村長は21日、専門家による崩落現場の調査を早急に行い、安全確認ができ次第、解除する考えを示した。村内では多くの観光客が訪れる人気登山ルートの再開を望む声が上がる。一方で、専門家は入山禁止を解除する判断の難しさを指摘している。 (中略)

 村観光局によると、白馬大雪渓への入山者は7、8月だけで約1万人。9、10月も白馬大雪渓を含む北ア北部の山岳に約7千人が訪れる。同局の松沢晶二次長は「観光全体への波及を考えるとルート再開は早いほうがいい」と話し、太田村長は「再開を望む宿泊業者の声も聞く。2次災害が起きないと判断できれば、解除したい」とする。

 一方、10年余にわたり崩落現場一帯の地質調査をしている専修大学の苅谷愛彦准教授(42)=地形学=は「土砂崩落は標高の高い山の宿命。2次災害がないとは断言はできない」と指摘。20日、崩落現場を調査し、今後崩れる可能性のある土砂を現場上部で確認したといい、「あいまいな情報で登山者を招き入れることは危険。一帯の危険性を十分周知した上で再開すべきだ」と忠告している。



以下のような点で考えてみました。
1:どのような安全確認作業・調査が行われるのか?
2:そもそも安全とは何を想定しているのか?
3:リスク評価はどの程度可能なのか?
4:自然科学と政治経済そしてメディア
5:行動マネジメント
6:まとめ


1:どのような安全確認&調査が行われるのか?
ヘリコプターからではなく、当然、現地調査が必要でしょうから、それがきちんと実施され、調査内容が公開されるのかが興味あります。現時点で、信頼できるソースといえるのは、現場に行かれた苅谷愛彦氏の言葉でしょう。「今後崩れる可能性のある土砂を現場上部で確認した」とありますから、それに対するリスク評価が待たれるところです。

2:そもそも安全とは何を想定しているのか?
2005年の杓子岳側の崩落の際もそうでしたが、行政が発する「安全宣言」なるものが理解できません。地質および地形を考えれば、潜在的なリスクがある場所なのですから、できることは、2つしかないと思います。

一つは、そのリスクがどの程度の大きさになっているのか、もう一つは、リスク軽減の行動を人間側が何か取っているのか。さらに、今回の事故と関係あるエリアのみを考察するのか、それとも山域全体として考えるのかでも異なってきます。


3:リスク評価はどの程度可能なのか?
資料がないかと探したところ、建設省河川局砂防部が作成した「土石流対策事業の費用便益分析 マニュアル(案) 平成12年度版」という文書がありました。

ここでは、全国の確率雨量と比較し、2年~20年超過確率以上の降雨によって大部分の土石流が発生していることから、マニュアルでは10年超過確率以上の降雨によって土石流が発生するものと仮定して対策工事等を考える、としています。以下のグラフは、平成4年以降5ヶ年に全国579渓流で発生した土石流時の時間雨量、日雨量です。
土石流発生雨量

また、地すべりについても「地すべり対策事業の費用便益分析 マニュアル(案)」があり、発生規模と頻度の設定について、以下のような記述があります。

地すべりは降雨や地下水の変動などを誘因とする自然現象であり、同様の誘因が発生した場合であっても地形や地質の素因の違いにより、発生規模や頻度は大きく異なる。

地すべり災害の発生規模と頻度との関係を評価するための手段には、素因の違いを考慮しながら災害実績を評価する方法と、地すべり運動をモデル化し数値シミュレーションなどによって評価する方法が考えられる。

しかしながら、国内に分布する地すべり地では、地すべり対策の効率性などの観点から、地すべり地内においてなんらかの変動が見られた場合には、速やかに地下水排除工などの応急対策工事が実施されるため、対策工事が実施されない場合の被害の実態を把握することは困難であり、従って、災害実績から地すべり災害の発生規模と頻度との関係を評価することはできない。

また地すべり運動をモデル化し、現在までに得られた降雨などの誘因とその発生規模などの資料をもとに解析を行う場合には、地すべり運動に係わる地質定数(透水係数、内部摩擦角、粘着力)を代表値でシミュレートせざるを得ず、実際に発生した土砂移動現象の規模と異なる場合も考えられる。

さらに地すべりの移動土塊は、通常であれば地すべりブロックの2倍の範囲で停止するが、移動土塊が沢などに流入した場合には、土塊は流動化し地すべりブロックの2倍の範囲を超えて停止する場合もある。このような場合にも、想定した地すべり災害の規模は実際に発生した地すべり災害の規模と異なることとなる。

以上のように、地すべり災害は発生規模と頻度との関係を設定することが困難であり、河川のように降雨の規模に応じて洪水の規模が定まり、従って災害の規模も決められるという現象ではない。

このような地すべりの特性から、従来地すべり対策において、被害発生確率、あるいは被害規模を想定することは行ってきておらず、経験的に想定される最大規模程度の日がい想定区域を想定し対策を行っていた。




こうして同じ対策費用便益分析の書類を見ると、地すべりと土石流で観点が異なっていることが興味深いです。土石流は発生確率論を用い、地すべりは応急対策をすぐにしてしまうので、わからない、と。こうなりますと、土砂崩落の発生リスク評価には、土石流的な視点、つまり降雨量などを目安にすることが考えられますね。とても大雑把な指針となるでしょうが。


4:自然科学と政治経済そしてメディア
自然に身を曝す人は、自然を理解する以上に「人間を見抜くことが必要」であるように思います。たとえば、自然科学者と研究者はイコールではありません。研究者という大きな枠の中に、自然科学者もいるし、おかしな研究者もいる、ということです。自然科学者は自然現象に対して誠実ですが、おかしな研究者は、事実よりも資金提供者に都合の良い発言をします。

特に自然災害系(土砂崩落、地震、雪崩等)は、再現性の問題や定式化が困難であることから、権威主義的なものを背景としておかしな人が跋扈しやすい土壌であることを、ユーザーは理解しておいたほうがいいと思います。


行政には専門性がありませんから、その言質を専門家に求めます。これはメディアも同様です。「○○という専門家にお願いした」からという理由により、行政とメディアは判断の責任から逃れることができると考えます。しかし、○○という専門家を選んだ、という選択に関連する責任は生じます。

これに対し、行政やメディアは「○○さんはこの分野の権威ですよ。それを否定するのですか?」という形の反論をします。しかし、いかに権威だろうと、現地をヘリコプターから眺めただけで、土砂崩落の調査はできないものです。もし、ヘリからの視察だけで、安全宣言が出されるようであれば、それは、単に「政治経済の都合」のため、行政が専門家という肩書きを使っただけの話です。そして、そのシナリオに乗った時点で、その専門家は自然科学者ではないということです。


こうした状況を簡単に例えれば、2ch を読む時のようにメディアの報道を読み、専門家の発言を吟味する、ということかと思います。ウソを嘘と見抜けない人に、2ch は厳しいメディアですが、基本的に自然災害に関する情報は、そのようなスタンスでいることが大事に思います。

それゆえ、誠実な自然科学者であればあるほど、社会と対決せざるを得ない局面に立たされることとなります。その典型的な事例が、地球温暖化問題でしょう。赤祖父俊一氏の本を読めば、自然科学者としての義憤が、本を書いた動機であることがわかります。



5:行動マネジメント
上記に取れることは2つと書きましたが、その片方である人間側の問題です。土砂崩落した場所が少し落ち着いたとしても、他の場所も含めて落石などのリスクがある場所ですから、どのようなリスク軽減行動を取るのか、というのが大事でしょう。

先のエントリに事故現場の写真が載っていますが、たとえば、リスクが低い場所(植生が残っている所)からリスクが高い場所(沢状のガレ場)を横断する際、どのような行動を取るか、というテーマがあります。欧米の標準的なガイディングであれば、「人と人の間隔を開けて素早く渉る」が鉄則です。

それゆえ、落石そのものは山岳リスクの一つに内包されますが、基本行動様式を外していて事故となった場合には、ガイドはその責任を免れません。しかし日本の山で目にするのは、数珠繋ぎで渉っているガイドツアーであったりします。

上記記事でコメントを寄せている苅谷愛彦氏(専修大)が興味深い研究を行っているようです。「白馬大雪渓における画像データロガーを用いた落石と登山者行動のモニタリングの試み」と題されたペーパーは、落石の挙動について画像データを用いて解析しようとするものです。

はじめに
長野県白馬村白馬尻と白馬岳山頂を結ぶ白馬大雪渓ルートは北アルプスの代表的な人気登山路である.しかし大雪渓の谷底や谷壁では融雪期~根雪開始期を中心に様々な地形・雪氷の変化が生じ,それに因する登山事故が例年起きている1).特に,広い意味での落石 ―― 岩壁や未固結堆積物から剥離・落下・転動した岩屑が谷底の雪渓まで達し,それらが雪面で停止せず,またはいったん停止しても再転動して≧1 km滑走する現象 ―― は時間や天候を問わずに発生しているとみられ,危険性が高い.大雪渓のように通過者の多い登山路では,落石の発生機構や登山者の動態などを解明することが事故抑止のためにも重要である.本研究では,大雪渓に静止画像データロガー(IDL)を設置し,地形や雪氷,気象の状態および通過者の行動を観察・解析した.




今後は動画での記録・解析も考えているようですから、実現されれば、単に、落石の発生頻度や挙動のみではなく、登山者がどのような行動マネジメントをしているのかも、如実にわかるようになるのでないかと期待されます。ガレ場や雪渓上にある石が動き始めることは、確率論的なものにならざるを得ないことを考えれば、リスク軽減の行動がいかに重要であるか理解できるかと思います。その意味で、実態調査がきちんとされれば、それは大きな意味を持つことになります。


6:まとめ
白馬大雪渓ルートの再開には、現地調査がきちんとなされ、その具体的内容が広報されてほしいと思います。もともと落石事故のある場所ですし、事故を区分し、整理することも必要なのではないでしょうか? それが行われているのか、されていないのか、当方は知りません。

たとえば、落石であっても、自然発生であったのか、それとも人為が関与している可能性があるのか、また単一の岩の落下なのか、土砂崩落のような形での流下なのか、といったように、整理可能であろうと思います。他にもいろいろな視点はありうるでしょう。

それがなされることで、崩落事故が山岳リスクに内包されるものなのか、それとも人的なものが関与していて、事故を避けるもしくはその規模を小さくすることができた可能性があるのか、そうしたことを考えることができると思います。

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