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白馬大雪渓登山ルート再開にあたって

毎日新聞に白馬大雪渓登山ルート再開のニュースが流れていました。

登山道きょう再開 北沢・信州大名誉教授「再発の可能性低い」
9月3日15時1分配信 毎日新聞
 2人が死亡した白馬村の北アルプス・白馬(しろうま)岳(2932メートル)の大雪渓土砂崩落事故で、同村は2日、登山道の通行禁止を3日から解除することを決めた。北沢秋司・信州大名誉教授(治山・砂防)らが2日に現地調査し「現場は落ち着いた状態。大規模な崩落が再び起きる可能性は低い」と判断したため。一方、「雨量による一律の入・下山禁止は困難」として勧告措置の導入は見送った。
 名誉教授によると、今回の崩落は当初「崩壊型地滑り」とみられていたが、調査の結果、大小の岩が大量に崩れ落ちる「岩屑(がんせつ)崩れ」だった可能性が強まった。豪雨により地下水が斜面から噴き出したことが引き金になったという。当面は監視員として登山ガイドらが現場付近の登山道で落石への注意を呼びかける。【光田宗義】 9月3日朝刊



現地調査が行われたようで何よりです。過去の流れからみれば、この北澤秋司氏はもうひとつ信を置けない(簡単にいえば御用学者っぽい)わけですが、発表の通り「岩屑崩れ」の可能性が高いという言葉を信じてみましょう。

そうしますと、今回の崩落は「豪雨を原因とする、ある特別な状況に現場が曝されたがゆえに発生した」と考えるのが自然でしょう。であるとするならば、監視員を今回の現場に配置することが、妥当な対応策と言えるのでしょうか?

「大雪渓ルートの再開を急いでいるのは、商売優先だ」という声があります。もし、同じ場所で、ごく普通にあるタイプの落石での事故があれば、メディアや一部の人は「村は何か対策をしていたのか?」と声高に叫ぶ可能性もあります。それを恐れているのでしょうか。


監視員を、今回の現場に配置する措置は妥当なのでしょうか? この処置を「追求を恐れて」とみることも可能ですし、「優しさ」と考えることもできます。面倒をみてあげたほうがいい、ということなのですから。しかし、これは登山者を大人扱いしない、という話になります。

山岳にはリスクがあり、どの程度のリスクを受容するかは本人が判断する・・・・・これこそが登山という行為の本質です。それゆえ、登山者を大人扱いしない方策は、その優しさとは裏腹に、登山者が育つことを阻害します。

日本ではこうしたお節介型の方策が多いように感じます。Backcountry Riding の世界でいえばニセコなどがその典型になるでしょう。これはいずれ書きたいと考えています。


信濃毎日新聞には以下のような記事がありました。抜粋です。

白馬大雪渓の入山禁止解除 迂回路通り山頂へ
9月3日(水)
 この日の崩落現場はガスに覆われ、視界が十数メートルの時もあった。時折、わずかな時間晴れ上がり、稜(りょう)線(せん)や雪渓が美しい姿を見せた。崩落で埋まった登山道から約50メートル下の迂回路には緑のロープが張られ、「すみやかに通過してください」の看板が立つ。

   監視

 入山禁止解除に伴い配置された監視役の登山ガイド2人は午前7時前に現場に到着。迂回路の入り口と、途中の大きな岩の上に待機して、周囲を見渡した。登山者が来ると「立ち止まらないで通過してください」と声を掛けていた。落石を察知した場合は笛や声で周囲に知らせるという。



このようなことを始めると、落石事故があった場所、すべてで同じように監視員を配置しなければならない・・・という流れに乗ってしまうことに気づかないのでしょうか? 山岳には落石という潜在的なリスクがあり、登山者はそれを前提として、そのリスクを受け入れる必要があるという理解が広まることを、この監視員設置が妨害しています。


もとより、大雪渓エリアは山岳であるということは、村が作成しているデジタルパンフレット『北アルプスアルペンガイド』にも大きく掲載されています。

白馬エリアは、トレッキングと登山が楽しめる山岳エリアです。トレッキングエリアとしては、五竜とおみエリア『小遠見山』まで、八方尾根エリア『八方池』まで、白馬大雪渓エリア『白馬尻(大雪渓ケルン)』までとされ、トレッキングエリアより上部へ立ち入る場合は登山となりますので、十分な装備と知識が要求され危険度も増加します。
 近年、白馬大雪渓では自然崩落による落石事故が発生しております。雪渓上では濃霧時の視界不良による道迷いや、滑落・落石も予想されますので特にご注意ください。雪渓上の落石は、速度が速く音がしないので注意が必要です。



これで十分だと思います。大事な点は、落石の可能性がある場所で、どのような行動がリスクを軽減できるのか、どのような行為がリスクを増大させるのか、具体的なものを啓発することでしょう。

また、ごく素朴な感想としては、監視員に登山ガイドを利用するなんて、なんという人的リソースの無駄遣いをしているのだろうと思います。それなら、大集団のガイドツアーレシオを適正なものにすべく、そちらに振り向けたほうがポジティブでしょう。レシオが適正になれば、その中でクライアントはガイドから山岳のリスクへの対処を学ぶこともできるようになるのですから。


さて、話は最初に戻り、北澤秋司氏の「現場は落ち着いた状態。大規模な崩落が再び起きる可能性は低い」というコメントについて。土砂崩落については語れるほどの知識もありませんので、わからないのですが、事故から二週間も経った後に現場調査をして、その原因等がどの程度把握できるものなのでしょうか?

以前のエントリにあるように、事故直後に現場に入った専修大学の苅谷愛彦氏に調査によれば、落ち残りが指摘されていますし、2006年には同じ場所で土石流が発生している、という事実があります。再び、大量の雨があれば、同じ程度の土砂崩落があってもなんら不思議ではないでしょうね、きっと。

 
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tag : 白馬大雪渓

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BCKellyさま

専修大・苅谷と申します.貴ブログを興味深く拝見させていただいています.また,当方をご紹介下さり,ありがとうございます.

今回の登山道再開に関しては釈然としない思いを抱いております.以下,当方が3日に研究者仲間に送ったメールを貼り付けます(専門用語に補注を付しました).議論の端緒になれば幸いです.なお,当方のHPにも大雪渓における土砂災害の実態解説(08/29執筆暫定版)を載せましたので,あわせてごらんいただき,ご意見・ご批判をいただければ幸いです.なお,この解説文は08/29に掲載したため,その後の情報が反映されていない箇所があります(白馬村が時間雨量15mmを基準にして勧告を出すと記述しましたが,09/03の登山道再開にあたりそれは見送られました).また,以下の誤記がありました(1995年7月土石流の堆積物容量は2500m3ではなく,約24000m3).

http://www1.isc.senshu-u.ac.jp/~thb0751/kyweb/daisekkei/daisekkeiref4.htm

----------------(以下,貼り付け)
(1)大雪渓が再開されました.
http://www.shinmai.co.jp/news/20080903/KT080902FTI090012000022.htm
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nagano/news/20080902-OYT8T00836.htm

(2)報道を見て問題点として感じること
1)どこの報道も後追い記事を書かない.今回もいまのところ(補注:09/03)2紙のみ.白馬村(小委員会)の見解を,分析・批判せずに,そのまま流している印象も強い.
2)「山小屋の経験則で通行禁止勧告を出す」(信毎)・・・これまでのやり方と何も変わらない.
3)依然,雨と崩壊のみが危険要素として考えられている.雪面滑走岩片(補注:雪渓を滑り落ちる岩片)や落石,土石流はどうするのか.
4)「崩落現場の斜面は既に大半の土砂が削られており、新たに大きな崩落が起きる可能性はない」と分析 」(北澤教授)・・・何が根拠か不透明だが,今回の崩壊現場の上部には大量の崖錐・沖積錐がまだ残っていると思う.ガリー(補注:流水の侵食でできた溝状の通路)側面にはそれらが層厚1-2m以上は見えているはず.また,ケルン(補注:大雪渓下部のケルン)直上右岸の崩壊斜面(補注:ケルンから約400mあがった左にみえる崩壊地で,2006年に生じた)は考慮しているのか?.このあたりまで一般観光客もあがってくる.
5)「直径10-20センチの小さな落石は依然みられるとし、斜面が安定するには、しばらくかかるとの見解を示した。 」(北澤)・・・・上記の見解と一見矛盾するような分析ではないか.大きな崩壊が重要であり,20cmの落石は死亡事故につながらないと考えるのか.
6)「当面現場付近に監視役を置き 」(信毎)・・・監視役に落石の見逃しなどがあって事故が起きたら,村はどう対応するのか.
7)「北沢教授は8月22日の視察で今回の崩落を「崩壊型地滑り」と位置づけていたことについて、現地調査の結果、上部にあった巨大な岩が大雨で崩れ落ち、土砂を巻き込んだ「岩屑なだれ」だったと、見解を訂正した。 (読売)・・・本質的な訂正ではないように思う.崩壊のままではいけないのか.会見では「岩屑なだれ」のメカニズムを説明したのだろうか.(補注:岩屑なだれという専門用語はあるが,通常は磐梯山北面の大崩壊や1980年米国セントへレンズ火山の大崩壊のように,きわめて規模の大きな崩壊現象に用いる用語であるがゆえ,北澤教授が何を根拠にこの用語を使ったのかは疑問)

(3)結論
*村(小委員会)は,大雪渓上部における崩壊(落石)だけを危険因子に想定しており,それ以外の場所や要素は軽視されている.大雪渓における致命的土砂移動現象の本質を理解しているようには到底みえない.
*山の自然災害(事故)の発生予測は雨量にだけ着目すればよいという,誤った知識を登山者に植え付ける恐れがある.様々なファクターを分析し,判断することが重要だし,ほんらいそうしたスキルを登山者ももつべきである.
*篤志登山者・愛好者のブログには,白馬村は大雪渓での災害の実態を十分説明すべきとの声が少なからずある.こういう意見は村には届きにくいだろうが,これも「お客様の声」であることを考えれば軽視してよいとは思えない.自ら発掘する努力があってもよいのではないか.
*永続的かつ先進的な登山ルートの確立を目指すのであれば,観光重視・安全軽視の思想を捨てるべきである.2005年や今回の村の対応に対して,登山者の冷ややかな声がある(2ちゃんねる,など).村は地元を重視するあまり,重要な顧客を今後失うかもしれない(すでに失いつつある).
*結局,来てくれるのは外人登山者ばかりという可能性もある.不慣れな外人が増えれば,事故発生ポテンシャルは高まることはないだろうか?

No title

コメントありがとうございます、苅谷さん

サイトをとても興味深く拝見しました。
2ヶ月で2000個の落石といえば、一日平均33個ほど。
前から思っていましたが、大雪渓ルートはやはりハイリスクなルートですね。

落石の際、ザックを捨てる、とあります。
確かに、身軽にはなれますが、ザックを背負っていることで
外傷を防ぐ、という効果もあります。

雪崩などでは、今は、サバイバルの動きを妨げないものであれば
ザックは背負ってたほうがよい、というのが一般的です。
理由は2つあり、一つは死亡原因の25% を占める外傷を防ぐこと、
もうひとつは、かさが増えることで浮きやすくなるためです。

重いザックをしょっている人が少ないことを考えれば
落石対策としても、「外傷を防ぐ意味で背負っていたほうがいいでしょう・・・」
と啓発するほうがいいのではないでしょうか。



> 1)どこの報道も後追い記事を書かない.
地方紙は、地元に批判的な記事はまず書かないですからね。2007年の八甲田の2月の事故などがその典型だと思います。

> 2)「山小屋の経験則で通行禁止勧告を出す」
山小屋にこうした機能を与えるのは、やめたほうがいいと思います。責任問題というよりも、情報の質という問題です。また、登山文化という面からもネガティブ要素だと思います。いずれ別途エントリしたいと思います。

> 3)依然,雨と崩壊のみが危険要素として考えられている.
> 雪面滑走岩片(補注:雪渓を滑り落ちる岩片)や落石,土石流はどうするのか.
これは究極的には、大雪渓ルートというのは、一般ルートとして不釣り合いなほどハイリスクなのでは? というところに行き着きますので、触れたくない人がいても不思議ではないでしょうね。

> 4)「崩落現場の斜面は既に大半の土砂が削られており、
> 新たに大きな崩落が起きる可能性はない」と分析 」(北澤教授)
こういっては身も蓋もないのですが、最初の報道コメントの時点から、北澤秋司氏の発言は、眉に唾付けて見ております。それゆえ、補注の専門用語の使用についても、さもありなん、と感じました。専門家が専門用語を恣意的に使ってどーする、と思いますので。


> 6)「当面現場付近に監視役を置き 」(信毎)・・・
> 監視役に落石の見逃しなどがあって事故が起きたら,村はどう対応するのか.
監視役は「事故があったのに何もしないのですか?」と詰問するマスコミ向けの方便でしょう。「立入禁止」の看板が、利用者側ではなく、事業者の言い訳のために立っていることが多い日本の特徴でもあります。

また「事故が起きたら、村はどう対応するのか」という形態の問いは、やめられたほうがいいように感じます。と申しますのは、この問いの先には「事故は絶対あってはならん」という答えが待ちかまえております。

事故はあり得るのにそれを認めない・・・、すなわち不可能なことを要求することになりかねません。それゆえ、マスコミはこうした「質問の型」をよく利用するのです。

苅谷さんのお考え(情報の適切な開示)には賛同しますが、動かない行政に向かって問い掛ける言葉としては、不用意に思われます。



危険の理解およびマネジメントについて、以下のように便宜的に分けて考えると整理しやすいかと思います。
 ・Hazard = 自然そのものが持っている危険の内容や程度
 ・Risk = 人の行動が関与することで生じる危険

ここで言うHazard は自然コンディションのことであり、事故が多いとか、そうしたことは含みません。あくまで、自然がどの程度の危険を持っているのか、という話です。

豪雨が降れば、土砂崩落のHazard Level が上がりますし、落石については、あるHazard Level 以上を、大雪渓ルートそのものが持っている、ということになるかと思います。

事故が多い・少ないというのは、Hazard Level とは直接的に関係しません。たとえば、台風が来ている時に、山に登る人は普通はいません。よって、High Hazard であっても、人が少ないので事故は少ない、となります。


あるレベルのHazard 領域に、人が入り、行動を選択することで事故発生の可能性は生じます。事故発生の可能性および発生した際の規模を軽減するため、Risk Management が大事であるとされています。

たとえば、10年に一回という発生確率の雪崩の走路があったとして、そこを横断する際、大集団が固まって歩いているのと、間隔を開けて素早く渡るのでは、Risk が異なってきます。

同様に、落石という要素について、あるHazard Level にある大雪渓ルートを、登りに使用するのか、下山に使用するのかで、Risk は変わります。滞留時間が異なりますので。


このように見ますと、大雪渓ルートであった事故情報を開示することと、大雪渓ルートの危険度そのもの(Hazard Level)を理解するのは、少し異なっているのではないかと思うのです。

苅谷さんの行われている落石数のデータ採取は、まさにHazard Level の把握であり、とても重要な基礎研究だと思いますので、応援したく思っております。

一方、発生事故すべての開示については、一考を要するところです。と申しますのは、当方は既存メディアを信用しておりません。それゆえ、事故マップの公開は、無責任なメディアに対し、煽り記事のネタを提供するだけになりかねないからです。

上記したように、事故が多い少ないは、現実のHazard Level とは関係しておらず、むしろ人間側の問題(行動の選択であったり、人数が多いなど)であろうと思います。


一番大事なことは何でしょうか?
誰かが、今日はダメ、今日はオーケーと「答え」を出し、
それを「信じる」ことでしょうか?

それとも、登山者自らが、自分が引き受けているRisk の
大きさと内容を理解し、賢く行動することでしょうか?

私は、後者におります。
それには、まずは、そこがどの程度のHazard Level であるか、
それを知ることが第一歩であると思っております。

Hazard Level は変動しますし、その内容を理解していく過程で
自身の行動の選択肢が、いかにRisk を上げ下げするものであるか知ります。


回り道のようですが、今されているような
基礎研究を続けられ、Hazard Level を明示化していくことが
最終的には、事故を減らすことに繋がると思います。

そして、そのHazard に関するデータの公開を
嫌がる人がいるのであれば、
それは、事故軽減の方法を理解していない、ということでしょう。

No title

BCKellyさま

さっそくコメントありがとうございました.とても参考・勉強になりました.退避の際にザックを背負っている方が安全な場合もあるとのご指摘,その通りだと理解いたします.さっそく当方のサイトに掲載した文章を加除修正しました.

それから,監視役が落石を見逃した際の村の対応云々・・・の個所ですが,これもご指摘通りかと思います.ただし,先に貼り付けた文章は内輪向けのものゆえ,これを直ちに行政に突きつけることはありません.

最後に,地形変化実績図の公開ですが,「発生事故すべての開示については、一考を要するところです。(中略) 事故マップの公開は、無責任なメディアに対し、煽り記事のネタを提供するだけになりかねない」とのご指摘には大いに頷かされます.もっとも,最近は取材・質問もほとんど来ていません.メディアを無責任なまま放置することがないよう,われわれも平易な言葉で正確に説明することを心がけてゆかねばならないと思っています.これは報道のみならず,行政との接し方についてもあてはまることでしょう.研究者の中には,とかく専門用語を並べて権威を保とうとする方もおられますが,それでは,もとより正確な報道は期待できないと思います.難しいことを易しく語るのは実に難しいことですが,できる限り応対したいと考えています.

苅谷
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